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『夢のなかの老婆』

なかには見ない人もいるみたいですけど、大抵の人が見ますよね。
寝ているときに……夢。

わたしはどちらかといえばよく見る方で、色も現実と同じようについているし、匂いや感触もあって、多少展開がおかしいことを除けば、起きている時と何も変わりません。

たまに朝目覚めても、夢のなかで考えていたことの続きを考えていたり。
夢と現実の区別がつかないときもあるくらいなんです。

自分ではそれをけっこう楽しんでいて、今日はどんなことが起こるのだろう、どんな場所に行けるのだろうといつもワクワクしていました。

夢をよく見る人はわかるかもしれませんけど、何度か同じ場所に行くことってあるんですよ。
夢のなかでしか行けない、現実にはない場所。
街だったり、公園だったり、お店だったり。

その中に、『おばあさんが座っている部屋』があるんですね。

この場所には子供のときから行っていた気がします。
いつからだったかは覚えていません。
その部屋は、なんてことない普通の和室です。
床の間に飾られた花。
薄墨で描かれた景色を閉じ込めた掛け軸。
障子がはまった窓から覗く濡れ縁。
そこから漏れる、柔らかなひかり。
い草が香る畳に、ふかふかしたえんじ色の座布団。
その上にちょこんと、和服を着たおばあさんが座ってにこにこしている。
おばあさんはしわが幾つも刻まれた細い小さな両手を、膝の上でゆっくりこすり合わせながら。
やはりしわはあるけれども、ふっくらとした頬を綻ばせ。
目を細い月のようににっこりとさせて。

「まだだねぇ。うん。まだだよ。」

と頷くんです。

意味不明ですが、夢なんて辻褄が合わないのが当たり前のようなものだし、おばあさんはいつも優しく笑っているので、わたしはこの場所にきても『ああ、また来ちゃった。』くらいにしか思っていませんでした。

ある日、少し体調が悪かったので会社を休んで病院に行くことにしました。
だるい身体を引きずるようにして街を歩きながら、この前もおばあさんの夢を見たなぁ…なんて考えていると。

急に耳元で、

「いまだよぉ。」

と聞こえたんです。

驚いて身体を強張らせた途端、目の前に何かが過って空気が激しく震えました。
その衝撃が音だったんだと気づいた時、目の前には金属の棒が何本も転がっていて。
すぐ横にあった工事現場の作業員が慌てて飛んできてわたしを歩道の脇へと引っ張りました。
作業員は一生懸命わたしに何か言っていましたが、うまく答えることはできませんでした。

だってわたし、見てしまったんです。
作業員の肩の向こう、車道の真ん中にえんじ色の座布団を敷いて。
しわしわの手を膝の上でさすりながら。
自動車が幾つも通り過ぎるのもまったくお構いなしに、いつものようにおばあさんが正座しているのを。

でも、夢と違うところもありました。
いつもにっこり弧を描いていたあの目が、大きく見開かれていたんです。
こぼれ落ちそうな白眼の真ん中の、点のような黒眼を。
ピクリとも動かさずに、じっと無表情に、こちらを見ていたんです。

あれから、おばあさんのいる部屋には行っていません。
あのおばあさんが何なのかもわかりません。
ただ、次にあの和室を訪れた時どうなってしまうのか…。

いまは夢を見るのが、怖くて仕方ないのです。

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